『扇島歳時記』は、丸山遊女の儚い生涯を描いた『蝶のみちゆき』の地続きの続編。
『蝶のみちゆき』の主人公・几帳の禿だった「たま」の、少女でいられる短い時間を季節の移り変わりとともに描いています。
『扇島歳時記』あらすじ
郭(くるわ)で生まれそたった「たま」が大人になるということは、遊女になるということ。
けれども「たま」は、そんな将来を悲観することなく、明るく空想が好きな少女。郭育ちでありながら男女の色恋にも疎く、実年齢より体も心も幼く見える。
几帳のなじみ客であったオランダ人のトーン先生や、オランダ領事館の料理人・岩次。そして遣り手婆のおたきさんたちは「たま」を心配しつつ、彼女の成長を見守っている。
一方、岩次の養子・百年(ももとし)は、友人のヴィクトールとつるんで、商売や遊びに精を出す。百年の大胆な行動の裏には、なにやらフランスでの苦い経験があるらしい。
出島の父親に引き取られたヴィクトールは、日本人の継母と、混血の異母兄弟に囲まれ、鬱屈した日々を過ごしていた。
そんなとき、出島で美しい日本の少女「たま」に出会う。ヴィクトールは彼女に淡い思いを抱くのだが…。
少女の時間と幕末長崎の群像劇
『扇島歳時記』は主人公「たま」のほかにも、『ニュクスの角灯』の百年や友人のヴィクトール、岩爺などおなじみのキャラクターが登場します。
幕末の出島には、さまざまな人が出入りしていました。
「たま」の姐女郎ように遊郭から個人宅へ派遣される遊女の他に、外国人向けのバザールとして、日本の商人も出店していたり、出島内で働く日本人もいたんですね。
オランダ人に雇われている元奴隷のアフリカ人、出島の中で商売をしている外国人など、実に多様。
そしてそこでは世界や日本の情勢、商売の情報などが交換されています。
『ニュクスの角灯』を先に読んでいたので、登場人物の未来の姿はわかっているのです。でも、彼らがどうやって幕末を乗り越えていったのか。
そして「たま」はどんな思いで少女時代を終え、遊女となっていったのか。
「たま」は、『たけくらべ』の美登利のように、将来を運命づけられています。
彼女の無邪気な言葉の中には、過酷な運命がさらりと語られています。
「たまは太夫衆か見世か並(それぞれ遊女のランク)にしかなれんのですえ。だから たま 太夫衆になりたいのえ。」
そんなセリフに大人たちも、読んでいるわたしたちも胸を掴まれます。
無垢で美しい「たま」の少女時代はいつ終わってしまうのか。
季節はめぐり、やがてそのときはきてしまうのでしょう。せめて「たま」が今の純粋さを失わずにいられますように。
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